認知症高齢者と刑事処罰~近時の裁判例から~

本年2月23日、神戸地方裁判所において、一つの刑事事件(罪名:窃盗)の判決が出されました。一部のニュースでも取り上げられたものですが、今回は、この裁判を題材に、お話をしたいと思います。

 

1 本件事件は、昨年2月に、神戸市内のスーパーマーケットで豚肉1パック(約300円相当)を窃盗したというもので、事件そのものとしては、一般的な万引き事件ということになります。

 

ところが、この事件の被告人が、アルツハイマー型認知症に罹患している高齢者(87歳)であったことから、窃盗行為の認識(故意)がないとして、無罪とならないかということが争われたのです。

 

神戸地裁は、以下のような点を指摘し、結論としては無罪を言い渡しました。

 

① 認知症によって、短期記憶の顕著な障害に、注意力の障害も加わり、万引きした商品の存在を忘れていた。

② 万引きした商品は、上着のポケットから見える状態であり、万引き犯の行動としては疑問が残る。

③ ①②のような状況から、窃盗の故意があったとは認められない。

 

2 上記のような、裁判所の判断は、事実認定としての被告人の状況(記憶障害、注意力障害)を前提とするものであったと考えられます。自ら認識のない行為について、罰することは出来ないためです。

 

もっとも、本件の問題点というのは、さらに先にあるのではないかと考えられます。認知症高齢者において、犯罪として処罰が出来ない状態であるとしても、そうであるからと言って、そのまま単純に社会に戻してしまえばよい、ということにはならないと言うべきだからです。

 

高齢犯罪者の社会内処遇は、高齢者の増加と共に話題になっています。

 

3 この点、類似するケースとしては、精神障害者による犯罪の場合が挙げられます。精神上の障害によって、責任能力がない場合(心神喪失)や、著しく低下している場合(精神耗弱)に、不起訴や無罪として処罰を受けないことや、減刑になって早期に社会復帰等となることがあります。

 

この場合には、次のような法的な手当てがなされています。精神衛生福祉法という法律によって、精神病院への措置入院という手続きが用意されています。これにより、刑事処罰が出来ないからといって、そのまま社会に復帰させてしまうことはない制度となっています。なお、この制度は都道府県知事が主体となって行うものとなっています。

 

また、殺人、強盗等一定の重大犯罪を心神喪失等の状態で行った場合には、医療観察法という法律によって、入通院治療を受けることとする制度が定められています。これは、検察官からの申立てに基づいて、対象者に医療及び観察を受けさせるかどうかを裁判所が決定する制度となっています。この場合には、退院ができるかどうかも、裁判所の判断にかかるものとして、上記の精神衛生福祉法よりも、厳しい制約を課すものとなっています。

 

4 認知症の場合も、精神疾患として上記各法律の適用を受けることはあり得ます。認知症(アルツハイマー型、脳血管性)の症状としても、軽度の記憶障害等から、他害行為を行いうるような性格の豹変、行動障害その他の重度の症状までありますので、精神科病院における入院治療での対応ということも、場合によっては考えらえます。実際に、近年では認知症の方の精神科病院入院ということも、ある程度一般的に見られるところです。

 

もっとも、認知症高齢者への対応として、精神科病院での中長期入院を課することが適切か否かは、さらに検討の必要があります。昨今の高齢者社会の進展によって、認知症高齢者も増加しており、精神科治療というよりも、高齢者福祉の方向性での対応が望ましいのではないかと考えられるためです。精神科病院における入院となると、どうしても高齢者自身の自立的生活の観点が後退してしまうことから、介護福祉の面からのアプローチが望まれるのではないでしょうか。

 

高齢者福祉の分野で見ると、老人福祉法による措置入所の制度があり、特に身寄りもないような高齢者の場合には、「やむを得ない事由」に該当するものとして、各種福祉施設への入所を促していくことが、一つの方法として考えられるところです。

 

本件事件と同種の事案は、今後も一定数生じてくるものと言えます。社会としてどのように対応していくか、法的な整備も含めて、今後の動向が気になるところです。(上杉謙二郎)