JR事故最高裁判決を読む~認知症高齢者に対する監督責任~

1 先日、第一審から世間で注目されていた裁判の、最高裁判決が出されました。認知症高齢者の鉄道事故に対する親族の責任を争った事案に関する、最高裁平成28年3月1日第三小法廷判決です。

 

以前からニュースでも大きく採り上げられた裁判ですので、注目されていた方も多いかと思います。

 

2 事案の内容

この事案について簡単に説明します。自宅介護を受けていた認知症高齢者Aさん(当時91歳)が、一人で外出した後、JR共和駅構内の線路に立ち入って列車に衝突し死亡した事件について、JR東海からAの妻と長男ら子どもたちに対して損害賠償の訴えが起こされたものです(なお、Aは自宅の最寄り駅であるJR大府駅から電車に乗り、隣の共和駅で下車しています。)。

 

3 裁判所の判断

第一審である名古屋地方裁判所は、妻と長男に対して、合計約720万円の賠償責任を認めました。ただし、長男以外の子どもについての責任は否定しました。

原審(控訴審)である名古屋高等裁判所は、妻に約360万円の賠償責任を認める一方、長男の責任を否定しました(名古屋高裁平成26年4月24日判決)。

 

この判決に対し、双方から上告がなされたため、最高裁の判断が下されることとなりました。最高裁における法律的な論点としては、妻と長男が、民法714条1項に定める監督義務者(ないしはそれに準ずる者)として、認知症高齢者で責任弁識能力のなかったAの行為についての責任を負うか、というものです。

 

これに対し、最高裁は原審の認定を覆し、妻も含めてAの遺族の責任を一切認めませんでした(JR側の請求を棄却)。主な理由付けは次のとおりです。まず、認知症障害者と同居する配偶者というだけで監督義務者に当たるとする法的根拠はないとし、その上で、さらに監督義務者の準ずる者と言えるためには、介護する家族の健康状態、親族関係の濃密さ、同居の有無、介護の実態などを総合的に考慮して衡平の見地から判断すべきだとしました。そして、Aの妻は事故当時、85歳と高齢で要介護1の認定を受け、また、長男は別居していたことなどから、いずれもAを監督することが現実的に可能な状態だったとはいえず、監督義務者に準ずる者ではないと判断しました。

 

4 最高裁の判断の説明

民法713条は、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く」者(責任無能力者)の不法行為責任を否定しています。本件事案のように、重度の認知症高齢者についても、これにあたると言え、判決もこのことを前提としています。

その上で、民法714条1項は、責任無能力者の行為について、「その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に、賠償責任を課しているのです。この規定は、監督義務者に監督上の不備(過失)があることを、責任の根拠としています。

 

また、法定の監護義務者ではなくても、現に責任無能力者の監督を行い、監督義務を引き受けたというべき特段の事情がある場合には、その者も監督義務者に準ずる者(準監督義務者)として同様に責任を負うとするのが、判例上確立した見解です。

 

このような法律の規定を前提として、最高裁は、Aの妻と長男が、法定の監督義務者又は準監督義務者にあたるかを判断しました。

 

最高裁は、現在の法律の規定上、成年後見人や精神保健福祉法における保護者という立場から直ちに監督義務者にあたることはなく、また、配偶者を監督義務者とする法律の規定は存在しないと判示しました。理由としては、旧法とは異なり現行の民法及び精神保健福祉法においては、保護者や後見人の義務が緩和されており、現実に行動の監督までは求められていないこと、また、夫婦間に協力扶助義務は存在しても(民法752条)、それが第三者との関係でも配偶者を監督する義務までは課していない、ということです。

 

その上で、準監督義務者にあたるかどうかの判断に移りましたが、その判断については、①その者(監督者となりうる者)の生活状況や心身の状況、②精神障害者との親族関係の有無・濃淡、③同居の有無及び日常的な接触の程度、④精神障害者の財産管理への関与の状況、⑤精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・程度、⑥精神障害者の状況に対応して行われている監護や介護の実態、などを総合考慮し、その者が現に精神障害者を監督しているか、あるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地から、責任を負わせるべき客観的状況があるか、ということを見ていくとされました。

 

そして、具体的な判断としては、㋐妻について、Aと同居して介護をしているものの、自身も当時85歳で下肢に麻痺等があり要介護1であったこと、㋑長男について、自身の妻と共にAの介護にあたっているものの、自身は遠方に住み、1か月に3回程度A宅を訪れていたに過ぎないこと、という理由を挙げ、準監督義務者と言うべき特段の事情を否定しました。

 

5 判決内容の検討

本件最高裁判決で判断がされた点は、大づかみに言えば、法定の監督義務者の範囲と準監督義務者の内容の二点と言えます。

 

一つ目の点は、後見人や保護者という法律上の立場であっても、民法714条の監督義務者にはあたらず、また、配偶者もこれにあたらないということです。その根拠としては、監督義務者としての責任を負うに値するだけの、実際的な監督義務が課せられている必要がある、ということだと思われます。

 

ただし、この最高裁の判断によれば、認知症高齢者を始めとする成人の精神障害者については、現行法上は、監督義務者に該当する者は存在しなくなるということです。(なお、未成年については、親権者等の監督義務者が存在します。)そうすると、成人の精神障害者が発生させた事故等の責任を追及するためには、次に述べる準監督義務者にあたると言えなければならないということになるわけです。あくまでも実質で見ていくということです。

 

そこで、二つ目の点である、どういう具体的事情があれば準監督義務者と言えるかの問題が生じてくるわけですが、最高裁は、一定の要素と基準を挙げました。具体的には上記のとおりですが、様々な要素がどのような関係に立つのか、どの要素が特に重要なのか、についてははっきりしません。最終的な着地点は、「その人に監督義務者としての責任を負わせても不公平といえない程度の客観的な状況があるか」ということだと思われますが、一義的ではないのです。

 

本件事案では、妻について、Aの妻で(②)同居して(③)介護を実施(⑤)しているが、下肢の麻痺などで現実に監督することは困難、つまり上記①の点から否定をしています。また、長男について、自分の妻とともに一定のAの介護を補助していた(⑤)が、遠方に居住し同居していなかったため現実の監督は困難、つまり上記③の点から否定しています。

 

そうすると、基本となるのは、③の同居やそれに準ずる状況(日常的に監督できる体制)と①の監督すべき者の状況(監督できる能力)であり、実際上そうした立場にあるのは②親族である場合が多い、ということになろうかと思います。他方で、④財産管理の有無などは、補足的な事情にとどまるのではないでしょうか。また、⑤や⑥という事情は、監督義務を果たしていたか否かにも関わるものと考えられますので、その扱いは難しいと思われます。

 

ただし、日常的な介護にあたっていなくとも、徘徊や問題行動の可能性が高い中で、放置していたというような事案では、周辺事情により準監督義務者にあたる可能性がなお考えられるとも言えます。こうした日常的に介護を分担していない者の準監督義務者該当性は、今後の裁判例の判断が待たれるところです。

 

なお、本件判決は、監督義務者又は準監督義務者にあたるかどうかで結論が出てしまいましたが、仮に義務者にあたる場合には、その者が義務を果たしたといえるかの問題となります。この点に関しては、以前ブログで紹介しました未成年に対する親の監督義務について同様に民法714条の責任が問題となった事例が参考になります(最高裁平成27年4月9日第一小法廷判決。詳細は過去の記事をご参照ください。)。この事例では、親権者として監督義務者であることを前提に、義務を果たしたということで、責任が否定されています。認知症高齢者の事例について、この最高裁判決がどう影響を及ぼすかは、今回は明らかになりませんでしたが、今後の判断が注目されるところです。

 

今回の最高裁の判断を見ていくと、日常的に“真面目に”介護を担当している人ほど、準監督義務者として重い責任を負わされてしまうのではないか、という心配をされる方もいるかもしれません。しかし、法律も無理を強いるものではありませんから、可能な範囲での介護を行っていれば、そうした中で突発的・予測不能に生じた事態にまで責任を負わせるものではないと言えますので、実態に即した丁寧な対応を行うことは、責任を負わないためにも大事なことです。また、上記のとおり、介護をなすべき立場で、それが可能であるのに放置していたという人が、一切責任を負わないというわけではないと考えられます。

 

6 まとめ

今回の最高裁判決は、認知症高齢者の介護等の関わる人々に大きな影響を与えるものとなりました。

 

現在の成年後見制度が、本人の財産管理を中心として考えられ、また、専門職など第三者後見人が多くを占める現状においては、後見人が直ちに監督義務者として責任を負う立場にはならない、という点は、大きな意味を持っています。

 

ただし、親族後見人の場合には、実際上の介護を担当している場合、準監督義務者にあたる可能性は充分にあり、その場合、後見人という立場にあることが、一定の考慮要素となることは否定できません。

なお、三名の裁判官による意見も出されていますので、興味のある方は、判決文をご覧ください(http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/714/085714_hanrei.pdf)。

(上杉謙二郎)