介護にまつわる法律問題~転倒事故における施設の責任~

近年、ますます介護事業の需要は高まっており、それに伴い、介護事業を巡る事故・トラブルも発生してきていると言えます。このような介護事故について、どのような介護事業者の責任が発生するのかということは、事業者にとっても、利用者にとっても関心の高い問題であると言えます。以前にも、介護事故の一類型として誤嚥事故について採り上げましたが、今回は、転倒事故について見ていきたいと思います。

 

介護事故全体から見ても、利用者の転倒事故は7割~8割近くを占めるとされています。これは、高齢による運動能力の低下と骨の弱化といった要因があると考えられます。また、生活場面としては、移動中や入浴中に転倒事故が起こることが多いと言えます。

 

こうした転倒事案において、介護事業者に法的な責任が生じるかどうかは、①転倒の予見可能性があったかどうか、すなわち当該利用者について転倒が予想できたか、という点と、②(結果の回避可能性があることを前提に)転倒の回避措置・回避義務を尽くしたか、すなわち十分に見守りや付添いを行ったか、という点から判断がなされます。

 

①の点では、利用者の状態の把握(年齢、健康状態、病歴、服薬状況など)が問題となり、特に過去に転倒歴があることは、大きなウェイトを占める要因です。

②の点では、利用者の状態に応じた監視(付添いや見守り)体制が確立しているか物的な設備に不備はないか、ということが問題となります。

 

転倒事案については、一定の裁判例の蓄積がありますが、比較的利用者側の請求が認められる(事業者側の責任を認める)ことが多いと言えます。これは、一般的に見れば転倒を防止できた可能性は常にある、という認識と、転倒の結果としての骨折や捻挫等の結果は、連続的に発生するということがあり、転倒した後の事情が影響を与えにくいということが理由の一つとして考えられます。

 

では、具体的な裁判例を一つ見ていきたいと思います。第一審と控訴審とで、結論が変更した事案です。

 

事案の概要としては、認知症の82歳(事故当時)女性が、入居中の老人保健施設の自室において、転倒し骨折等の怪我を負い、その結果後遺障害も生じたというものです。利用者側は、転倒を防止するための安全配慮義務を事業者側が怠ったとして、損害賠償を求めました。

 

第一審である福岡地方裁判所大牟田支部平成24年4月24日判決は、施設の契約内容に鑑みて、職員が利用者の歩行に必ず付き添う義務まではないと解されるが、利用者に対して安全配慮義務を負う事業者が、認知症かつ転倒の危険がある人を預かってその自立的な歩行を認めるという前提に立つ以上は、定期的に利用者の動静を確認し、その安全を確認すべき義務があるとしたうえで、約50分にわたり利用者を放置してしまった事業者には、この点で、動静確認を怠った過失があるというべきであると判示し、責任を認めました。

 

これに対し、控訴審である福岡高等裁判所平成24年12月18日判決は、第一審と同様の一般論に立ちながら、「過失があると認められるためには、過失として主張される行為を怠らねば結果を回避することができた可能性(結果回避可能性)が認められることが必要であるところ、転倒はその性質上突発的に発生するものであり、転倒のおそれのある者に常時付き添う以外にこれを防ぐことはできないことからすると、被控訴人の動静を把握できないという上記職員らの行為がなければ本件事故を回避できたものと認めることはできない。」として、事業者側の責任を否定しました。つまり、動静の把握ができたはずだ、と言えないのであれば、回避できるとは言えない、と判断したのです。

 

控訴審が指摘するように、常時付添いをする以外に転倒を防止することができないのであれば、結果について事業者に責任を負わせることは酷だと言えます。確かに、この事案で問題となった事業者側の行為は、一定時間の状態確認を怠ったことであり、いささか抽象的なものであると言うことはできます。そのような行為と結果との間の関連性をどう評価するかで、結論の分かれた事案ということになるかと思います。

 

なお、評価に関係する事情としては、利用者は、歩行不安定であり、シルバーカーを通常は使用していたが過去の転倒歴はなかったこと、自室の床には緩衝材などは施されていなかったこと、といったことがあります。

 

冒頭にも述べたように、介護をめぐる事故・トラブルは、増加傾向にあります。特に事業者の方々は、どういった点がポイントとなって責任が生じうるのかという点をしっかりと把握した上で、日々の介護業務にフィードバックしていくことで、事故を未然に防ぐことが重要だと思われます。(上杉謙二郎)